月下美人


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・女性サシの台本です
・性別変更は御遠慮ください

<登場人物>
・小紫…紅に人一倍のこだわりを持った吉原一の花魁。
・月乃(つきの)…妖しげな魅力を持った化粧師。


■=ト書き。情景や行動の描写です
M=モノローグ。心の声です

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上演の際によろしければお使いください
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『月下美人』
作…七海あお

小紫
月乃

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【本編】
↓※以下台本です。

N(小紫)
今宵の花を幻と思へばそれは幻に
真(まこと)と思へばそれは見事に狂い咲き乱れん…
はて、貴女が望むはどちらの花か…



<小紫花魁の部屋>
月乃
「お初にお目にかかります化粧師(けわいし)の月乃(つきの)と申します」

小紫
「月乃でありんすか。
 化粧師(けわいし)にしとくのは惜しいぐらいの偉く別嬪(べっぴん)さんでありんすなぁ」

月乃
「吉原一の小紫花魁(こむらさきおいらん)にそんな風に言っていただけて、世辞であったとしてもとても光栄です」

小紫
「お母さんから聞いてるだろうけんど、わっちは着物以上に化粧を大切にしているのでありんす。
 特に紅(べに)は他の誰よりも拘りを持っておりんす。月乃、あなたにわっちの満足行く化粧など出来るとは思っとりんせん」

月乃
「そう仰るのは当然です。
 はなから信じてもらえるなど思っておりません。言葉で語るより、体験していただいた方が早い。
 早速ですが、直接お化粧させていただいてもよろしいでしょうか?」

小紫
「あい、もちろん。お手並み拝見でありんす」

月乃
「では…準備をしてきますので少々お待ちください」


〜間〜


■月乃、桶に水を汲み、片手にぬか袋を持っている。


小紫
「桶に水など汲んで、一体これから何をするつもりでありんすか」

月乃
「化粧は、ただ幾重にも塗り重ね誤魔化し化ける為の道具。と言う物もおります。
 けど私はそうは思いません。
 綺麗な肌があってこそ。素材が良く無ければどんなに腕の良い料理人がこさえた所で美しく、ましてや美味しくなどなるはずがありません」

小紫
「ほぅ。わっちを食べ物に例えるとは。なかなかに酔狂なお人でありんすなぁ」

月乃
「まずはきちんと今している化粧を落としきります。落としたつもりの人がほとんどなので。落とし切るという事が大切です。
 そして肌に潤いを与えるのです。そうする事で艶っぽく張りのある、思わず手を伸ばし触れたくなる様な肌になります。
 少し冷たいですがご勘弁を」

小紫
「ひゃっ。
 冷たいでありんす。けんど、気持ちの良いものでありんすなぁ」

月乃
「小紫花魁はお忙しくほとんど眠れてはいらっしゃらないでしょう。
 ですが身体の栄養は行き届いていますので肌に潤いを与えれば肌はきちんと応えてくれます。
 まだお化粧前ですので。少しなら触っていただいても大丈夫ですよ」

小紫
「これは…
 これが本当にわっちの肌でありんすか!?
 手に吸い付く様でいつまでも触れていたくなるでありんす」

月乃
「これが本来の小紫花魁のお肌なのです。極上の化粧は肌を作る所。土台作りから始まるのですよ」

小紫
「ここまではいわば化粧をする前の準備なだけ。誰がやっても同じでありんす。本当に腕が必要なのはここからでありんす」

月乃
「では…続けますね
 小紫花魁の肌にはこの色では白が強すぎる…
 少しだけ本来の肌に近い色を混ぜますね。そうする事で先ほどとは違う暖かみを感じる色になるのです」

小紫
「普段使ってる半分の量で白粉(おしろい)を塗り終えるとは…
 しかも肌に透明感があって、いつもより艶っぽいでありんす」

月乃
「先ほどきちんと肌を起こしてから化粧を行ったので、肌が白粉(おしろい)と喧嘩をせずきちんと自らへ引き込んでくれたのでしょう」

小紫
「……」

月乃
「……」


小紫M
そこからは本当にあっという間でありんした
今まで飽きるほど何べんも見てきた動きのはずでありんしたが
あまりにも澱みなく美しい動きに
まるで舞を見ているかの様な気分になり
思わず見入ってしまっていたのでありんす



月乃
「小紫花魁。
 貴女を美しく彩る特別な紅をご用意致しました。塗っていきますので目と唇を閉じていただけますか?」

小紫
「……」

月乃
「吉原一の小紫花魁ともあろう方がずいぶん素直に目を閉じてくれるんですね」

小紫
「…もっと焦らした方が良かったでありんすか」

月乃
「怒らないでください。嬉しくて思わず声に出してしまいました。
 私が悪かったです。だから、どうかもう一度目を閉じてくれませんか?」

小紫
「…仕方ないでありんすなぁ。次は無いと思いなんし」

月乃
「肝にめいじておきます。
 …出来た。小紫花魁。もう目を開けていただいて良いですよ」

小紫
「……」

月乃
「お気に召していただけましたか?」

小紫
「…この紅は…こんな色、生まれて初めて見たでありんす」

月乃
「やはりこの紅は小紫花魁によく似合う」

小紫
「何か特別な材料を使っているのでありんすか?」

月乃
「はい。とても特別ですよ。小紫花魁のために私の手で作りました」

小紫
「一体何でありんす」

月乃
「…人の血です」

花魁
「!?」

月乃
「そんな顔も出来るんですね」

小紫
「なっ…なんて馬鹿な事を…早く落とすでありんす!」

月乃
「(笑)」

小紫
「何がおかしいでありんすか!」

月乃
「何をそんなに慌てているんですか?ある訳ないでしょ。ただの冗談ですよ」 

小紫
「…笑えない冗談でありんすな」

月乃
「…安心してください。血などではありません。ある素敵な物を使っています。それ以上は秘密です」

小紫
「わっちに冗談を言うなど、ほんと良い性格をしておりんすなぁ。
 腕が良いのに勿体ない。その性格では敵も多いのではありんせんか」

月乃
「好きでも無い、私の化粧の技の価値もわからない阿呆な人間に媚びへつらって賃金を貰いたいなどと、はなから思っておりませんので…
 私は私という人間を売っているのではありません。私が売っているのはあくまで化粧の腕とこの化粧そのものですから。
 私は選ばれるのを待つ様な無能ではありません。私が客を選ぶのです。本当に価値がわかるそう思う方にしか売りたくありません」

小紫
(笑)
「吉原一の花魁であるわっちに、そんな態度を取る人間は初めてでありんした。
 月乃の紅、そして化粧の腕は本物でありんす。
 そしてその心意気と心根のまっすぐさ。気に入ったでありんす。幾らでありんすか」

月乃
「何がですか?」

小紫
「貴女をその化粧ごと私専用の化粧師として買うでありんす。幾ら出せば他の花魁を全て断りわっちだけの物になりんすか?」

月乃
「私を買いたいなどと言われたのは初めてです。私は…決して安くは無いですよ」

小紫
「わっちを誰だと思ってるでありんすか。この紅は誰にも渡さないでありんす。月乃、今日からお前さんはわっちだけの物でありんす」


月乃M
自信に満ちた赤い紅は妖艶に微笑んだ
その瞬間、相反する二つの思いに心がざわつく音が私の鼓膜を震わせた


〜翌日〜 

小紫
「月乃。わっちの瞳(め)に狂いは無かった。今日も見事な仕事ぶりでありんすなぁ」

月乃
「…世辞など言われずとも手など抜きませんよ。これが私の仕事ですから」

小紫
「…世辞では無くただの会話でありんす。月乃、今日からここに住むでありんす」

月乃
「なぜ」

小紫
「わっちは吉原一の花魁でありんす。毎夜、殿方に求められる身。これから毎日ここに通うのは大変でありんしょう。
 お母さんが支度小屋で寝泊まりしても良いと言っておりんす」

月乃
「他人の力で籠に飼われている鳥が、私を飼うんですか。笑えない冗談ですね」

小紫
「…本当に生意気な女(おなご)でありんすなぁ。その性根でよくここまで命が繋がってきたものでありんす。
 いくら恵まれたその容姿でも、行く先々で恨みを買って来たのではありんせんか」

月乃
「まだ昨日いただいたお金には手をつけておりません。引き返すなら今ですよ、小紫花魁」

小紫
「随分見くびられたものでありんすなぁ…
 わっちをそこいらの小物と一緒にしないで欲しいでありんす。月乃、わっちにはそんな下手な駆け引きなん、通用しないでありんすよ」

月乃
「……」

小紫
「わっちは、他人の言葉など信用してはおりんせん。人は己(おのれ)可愛さに、自らの欲望のためにさまざまな理由で平気で嘘をつく。そういう生き物でありんす。わっちが信用出来るのはこの世でたった2つだけ」

月乃
「2つ…」

小紫
「わっち自身の心と。そして…人の瞳でありんす」

月乃
「瞳…」

小紫
「どんなに言葉で取り繕おうとも、嘘を並べ欺こうとも…瞳で嘘をつけるお人はそう多くはありんせん…
 目は口ほどに物を言うとはよく言ったものでありんす。
 月乃…お前さんの瞳は自分で思っているより、ずいぶんと素直でありんすよ」

月乃
「!?」

小紫
(笑)
「そんな顔もするんでありんすなぁ」

月乃
「わ、私の仕事は終わりましたので、これで失礼します」

小紫
「あい。また明日」


〜1週間後〜

■月乃、小紫の化粧を終える

月乃
「終わりました」

小紫
「……」

月乃
「小紫花魁?」

小紫
「粉もはたいていないのに見れば見るほど…綺麗な肌でありんすなぁ…」

月乃
「化粧師の肌が荒れ果てていたら説得力が無いですから」

小紫
「それにしても見事でありんす、あちら側まで透けて見えそうな白さでありんす。まるで…」

月乃
「ちゃんと生きてますよ私は!」

小紫
「!?
 …月乃?どうしたでありんすか?わっちはただ、綺麗な花の様だと言いたかっただけでありんすよ…」

月乃
「……」

小紫
「何か気に触る事、わっちは言いんしたか?」

月乃
「…白くて存在感が無いお前はまるで幽霊の様だ。何の役にも立たないし本当に生きているのか、その命勿体ないだろう。
 欲しいやつに売ったらもっと有効に使ってもらえるんじゃないか。と父親に言われたことがあって…」

小紫
「……」

月乃
「つまらない話をしました。では、これで」

小紫
「月乃!」

月乃
「なんでしょう」

小紫
「お前さんは幽霊などではありんせん。人間でありんす!生きて、今わっちの前に確かにいるでありんす」

月乃
「……」

小紫
「今すぐここに連れて来なんし!」

月乃
「え…」

小紫
「たとえ血の繋がった親であろうと、子の命を軽んじて良いなんて、そんなんいくらなんでも道理が通りんせん!
 そんな阿呆なやつ、わっちが代わりにはっ倒してやりんす!」

月乃
「……」

小紫
「少なくともわっちには必要でありんす」

月乃
「小紫花魁…」

小紫
「明日もここで待ってるでありんす。月乃」

月乃
「…いってらっしゃいませ。小紫花魁」

〜数週間後〜

<小紫の部屋>

小紫
「月乃。何か欲しい物はありんせんか」

月乃
「特には何も…」

小紫
「……」

月乃
「別に贈り物などして機嫌を取らずとも私はあなたを裏切りませんので安心してください。お約束通り、他の花魁に化粧はしていません。
 それはあなたが1番ご存知のはずではありませんか?小紫花魁」

小紫
「……」

月乃
「私の後を尾けさせましたね」

小紫
「はて、何のことでありんしょう」

月乃
「私には敵が多い。そう言ったのは小紫花魁、あなたですよ。仰る通りです。だから命を守るために、私、人よりも敏感なんです色々な所が。ああ、どこが敏感かはご想像にお任せしますけど…」

小紫
「…いったい何が言いたいでありんすか」

月乃
「ずっと気づいていましたよ。男衆に私のあとを尾けさせていた事」

小紫
「…だったらなんでありんすか」

月乃
「息苦しいのでいい加減やめてもらえませんか」

小紫
「なら、一つわっちの質問に答えなんし」

月乃
「なんですか」

小紫
「薄雲と会って、何をしていたでありんすか」

月乃
「…なるほど…贈り物の本当の目的はそっちですか」

小紫
「わっちが月乃を買い、わっちの思惑通り売り上げが鰻登りに上がりんした。けんど、それと同じくして薄雲の売り上げもあがったのでありんす。
薄雲が綺麗になったと色々な所から噂が流れて来んした。気になって後を尾けさせた男衆から、薄雲と月乃が会ってそのまま同じ建物の中に入って行ったと聞きんした」

月乃
「…それで、私が薄雲に化粧をしているのと思い後を尾けさせたと…」

小紫
「どうでありんすか?もしも薄雲の化粧をしているのならとんでも無い裏切りでありんす!」

月乃
「私を疑ってらっしゃるんですか」

小紫
「…違うなら違うときっぱり言えるでありんしょう」

月乃
「もしも違うと私が言えば信じてくれるんですか?その瞳で直接見た訳でも無いのに」

小紫
「話をすり替えるのはやましい事があるからでありんすか」

月乃
「…本当に知りたいんですか?私が薄雲と何をしているか…
 いえ…私が薄雲に、何をしているか…
 私は構わないですけど小紫花魁にとってそれを知る事が果たして幸せな事なのか…」

小紫
「どういう意味でありんすか」

月乃
「知ったが最後、きっともう元には戻れなくなりますよ。その勇気が、ご覚悟が、小紫花魁あなたにありますか」

小紫
「薄雲に出来る事がわっちに出来ないはずがありんせん。勿体ぶらずにさっさと教えなんし」

月乃
「そこまで仰るなら、いいですよ。小紫花魁、選んだのはあなただ。私は忠告しました。この先どうなろうと私の責任ではありません」

小紫
「つべこべ言わず早く教えなんし」

月乃
「では。女という生き物は特定の人をお慕いした時にその魅力を増します。私も長年化粧師をしてきましたが。
 その時の色香にはどんなに高級な化粧品も到底敵いません」

小紫
「…薄雲は誰かに恋慕の情を抱いているのでありんすか?」

月乃
「いいえ。それはあまりに危うい諸刃の剣というもの。
 たくさんの殿方と身体を重ねなければならない花魁にとって、それほど苦しい事はありません。
 私の耳には特定の方をお慕いしてしまったばかりに命を絶った花魁もいるとかいないとか…
 小紫花魁の方がここら辺のご事情はお詳しいのでは無いですか」

小紫
「…そうでありんすなぁ。だからわっちは誰かに恋慕の情を抱いた事はただの一度もありんせん」

月乃
「はい。これからもそれはおすすめしません。
 ただ、それに近い状態へ誘(いざな)う行いは存在します。そして私はその行いを教え、望まれればそれをお手伝いするのです」

小紫
「恋慕の情を抱くに近しい状態へ誘う行い…」

月乃
「正確には、恋慕の情を抱くに近しい状態の時に、身体に起こる反応へ導く為の行為…ですかね」

小紫
「まどろっこしい話は嫌いでありんす!勿体ぶらずに早く教えなんし!」

月乃
「今からお伝えする事、これからここで起こる事は誰にも言わず死出の旅まで持ち込むとお約束いただけますか」

小紫
「約束するでありんす」

月乃
「もし約束を破ったとわかったその時は…それ相応の罰を受けていただきますのでどうぞご覚悟を」

小紫
「……」

月乃
「そうですね…
 あなたはきっと言葉でお伝えするよりも身体に教えた方が良さそうです…
 では…早速始めましょうか」


小紫M
月乃の瞳は光り、唇は妖しげに持ち上がり
その身体で視界が塞がれ殿方とは違う柔らかいそれがわっちに重なりんした
今まで味わった事の無い感覚が身体中に波紋の様に広がっていき
わっちの肌にそれが触れる度に
何度も何度も今までに感じたことの無い何かが弾けたのでありんす


月乃
「小紫花魁…あなたはとてもお美しい…本当に、美しい人だ…ほら、ここも…」

小紫
「月乃。そんな所…汚いでありんす」

月乃
「汚くなどありません。小紫花魁。あなたは誰もが羨む高嶺の花。あなたに汚いところなど、欠片もありませんよ。
 だからもっと力を抜いて全て私に任せてください。
 どうぞ私の下で…華麗に咲き乱れてください」

小紫
「月乃…」


月乃M
私たちの秘事(ひめごと)を照らし出していた月を
雲がそっと覆い隠した


〜数ヶ月後の夜〜

<小紫花魁の部屋>

■月乃を探し回る小紫

小紫
「月乃?月乃ー!どこにおりんすか?月乃ー?」


■白い着物を着た、様子のおかしい月乃

小紫
「!?
 月…乃?
 灯りも点けずに…どうしたんでありんすか」

月乃
「小紫花魁。灯りは付けずそのまま聞いてください。
 私は一つ、あなたに謝らなければならない事があります」

小紫
「なんでありんすか、薮から棒に…」

月乃
「どうか私の話を聞いてください。私は初め、私の大切な人の復讐の為に、あなたに近づきました」

小紫
「復讐…」

月乃
「あなたが赤い紅に誰よりも拘っている事を知っていたので私は化粧師になり、あなたに似合う紅を一からつくりました。
 いつかその紅を使ってあなたをこの世から永遠に葬る為に…」

小紫
「!?」

月乃
「私の思惑通り、あなたは私の紅を気に入った。あろう事か私を独り占めしたいと言い出した。それには本当に驚きました。
 でも、結局あなたの命を奪う機会が増えた事はむしろ私にとって好都合でした。
 私は虎視眈々とその機会を狙っていました。
 今日か、明日か…
 そうやって日を追っていると
 思いもよらぬ事が起こりました。いえ、起こってしまいました」

小紫
「……」

月乃
「あなたを知る度に、日毎私の心にはあなたへの恨みよりも愛しさの方が増えていき、
 そして、雲が私たちの秘事(ひめごと)を隠したあの夜。私はとうとう気づいてしまったのです…
 小紫花魁…私はあなたに恋慕の情を抱いているという事に…」

小紫
「!?」

月乃
「それからあなたを殿方のところへ見送る度に…心の臓が引きちぎられんばかりの痛みが身体に走る様になりました」

小紫
「月乃…」

月乃
「私にはもう、これ以上あなたの背中を見送る痛みに耐える事が出来そうにありません…
 だから…この思いを胸に死出の旅(しでのたび)へと参ります
 貴方と出会って私は、ようやくまた人になれた。そんな気がします…
 貴方は容姿だけでなく、心も綺麗なお人でした
 どうかいつまでも変わらずお元気で
 あなたの幸せを心から祈っています
 愛していました…では、さようなら」

小紫
「何をするでありんすか」


■微笑む月乃
■自らの唇に塗った毒入りの紅を舐め、苦しんだあと絶命する月乃


小紫
「!?
 月乃!月乃ー!!!!
 まさか…自らの紅に、毒を盛ったんでありんすか
 愚かな…
 なんて愚かなことをしんした
 お前がただの化粧師で無い事ぐらい、初めて会った時から何となく気づいていたでありんす!
 それでも…他の誰にも渡したくないと思うくらい
 この紅と、化粧の腕とお前のまっすぐな心根にあっちは強く惹かれたのでありんす…」


■月明かりに照らされた白装束の月乃を愛しそうに抱きしめながら涙する小紫
 

小紫
「月乃…
 月乃…
 一人で勝手に…私に断りもなく旅立ったでありんすか…

 白い着物が月明かりに照らされて…
 まるで…一論の大きな華の様でありんすなぁ…とっても綺麗でありんすよ…月乃
 わっちはお前さんを他の誰にも渡したくはありんせん
 こんな気持ちになったのは生まれて初めてでありんす

 ああ…そうか…
 これが
 これが…
 恋慕の情を抱くということなのでありんすなぁ…

 とても痛いでありんすなぁ…
 息ができなくなるくらい…苦しいものでありんすなぁ…
 なあ月乃…
 返事をするでありんす…
 月乃…」


小紫M
わっちは赤い紅に唇を重ねた
まだ温かみのある
確かにさっきまで生きていた、「愛しい女(はな)」の味がした


N(月乃)
今宵の花を幻と思へばそれは幻に
真(まこと)と思へばそれは見事に狂い咲き乱れん…
はて、貴女が望むはどちらの花か…
 

終わり
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~あとがき~
ここから先は知りたい方だけお読みください。


花魁と化粧師のお話です。
月下美人の花言葉
「艶やかな美人」「はかない恋」
そして
月下美人は育てるのが難しく開花させるのが大変で、咲いている時間も短い様子が月乃に似ている事。
また、月に照らされた月乃の最後の姿が
月下美人の様だなぁと感じた事からこのタイトルを付けました。


-読みにくい漢字-
化粧師:けわいし
白粉:白粉
恋慕の情:れんぼのじょう
死出の旅:しでのたび

-ナレーションの意味-
今宵の花を幻と思へばそれは幻に
真(まこと)と思へばそれは見事に狂い咲き乱れん…
はて、貴女が望むはどちらの花か…

全く同じナレーションを最初と最後で人を変えて言います。
読み手によって単語の意味が変わってきます。

お披露目の時にここのお話をしたのですが
その意味を考えながら演じていただくのも面白いかもしれませんね。



シナリオの海

七海あおの声劇台本のサイトです

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